名古屋地方裁判所 平成3年(ワ)67号 判決 1991年8月12日
原告
奥嶋良英
被告
伸和交通株式会社
ほか一名
主文
一 被告らは原告に対し、連帯して三〇万円及びこれに対する平成元年一二月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の、その余を被告の負担とする。
四 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは原告に対し、連帯して一一九万六〇一五円及びこれに対する平成元年一二月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が左記一1の交通事故の発生を理由に、被告会社に対し自賠法三条、民法七一五条により、被告福井に対し民法七〇九条により損害賠償を請求する事案である。
一 争いのない事実
1 本件事故
(一) 日時 平成元年一二月二一日午前一一時四五分頃
(二) 場所 名古屋市千種区末盛通三丁目八番地先
(三) 加害車 被告福井運転、被告会社保有の普通乗用自動車
(四) 被害車 原告運転の普通乗用自動車
(五) 態様 加害車が被害車に追突した。
2 責任原因
(一) 被告会社は、加害車を自己の運行の用に供する者であり、被告福井の使用者である。
(二) 被告福井は、被告会社の業務に従事中、自己の過失により本件事故を惹起した。
二 争点
両当事者は、次のとおり、主として原告の収入減少と本件事故との因果関係を争うほか、その余の損害の額についても争つている。
1 原告の主張
原告は、病院勤務の歯科医であつたが、本件事故による肩及び左頚部の疼痛のため、平成元年一二月中は歯科治療を行うことができず、その後も短時間で治療を休憩しこれを遷延しなければならなかつた。
このため本件事故の影響下にある同年一二月から平成二年二月までの原告の治療売上額が減少し、その間完全歩合給だつた給与額も減少したので、右三ヶ月間の給与額と従前の給与額との差額六九万九〇一五円に相当する損害を被つた。
2 被告の反論
原告の収入の増減は、治療内容・治療の進行段階等の種々の要因から生じるものであり、原告主張のように本件事故による歯科治療の遷延のみによつて生じるものではない。
たとえば原告が治療の遷延をしなかつたという平成二年三月の収入は、同年二月に比較してわずか一二万円程度増加しただけで原告の説明からは理解できない。また本件事故後平成元年一二月中に大久保歯科医院が営業してたのはわずか五日間で、この間原告が治療を休んだのは一日か二日間であり、その後は共同して歯科治療に当たつていた原告の妻に指示して治療をさせていたのであるから、同月の収入減少が本件事故によるものであるとは理解しがたい。
第三争点に対する判断
一 損害額
1 収入減少による損害(請求六九万六〇一五円)
認められない。
(一) 治療経過等
原告本人、これにより成立の認められる甲二によれば、<1>原告は、平成元年四月から平成二年三月まで大久保歯科医院に勤務し、歯科医である妻に補助させて歯科治療に従事していたところ、<2>本件事故により頚部挫傷の傷害を負い、平成二年二月まで月三回程度山路整形外科病院で治療を受けたが、同年三月には同病院での治療を受けず、その後同年四月一七日に通院しただけで症状軽快した(実日数一〇日間)、<3>この間原告は、本件事故直後一日か二日間勤務を休んだほか、平成元年一二月中はもつぱら妻に指示を出すだけで直接歯科治療に当たらず、その後も頚部痛(ただし運動痛・圧痛)、肩痛のため少なくとも当初は歯科治療継続中に四、五分で休憩したいと思う状態であつたことが認められる。
しかし、一方前掲各証拠によつても、右通院期間の全部にわたりこの状態が続いていたか、現実に歯科治療中にどの程度休憩しなければならなかつたか等は明らかでなく、これを明確にする原告自身の詳細なカルテ等は提出されていない。
(二) 原告の収入の推移
原告本人、これにより成立の認められる甲三の一、二、弁論の全趣旨によれば、原告の大久保歯科医院における給与は完全歩合給であり、妻と二人で実施した治療による売上額の二五パーセントのさらに七〇パーセントを給与として受給する契約であつたこと(残りの三〇パーセントは妻が受給)、平成元年四月から平成二年三月までの給与額は次のとおりであつたことが認められる。
<省略>
右によれば平成元年四月から本件事故の直前である同年一一月までの給与は平均月額七一万一五九二円であり、原告が前の担当医からの引継ぎのため充分治療活動のできなかつた同年四月及び病気療養していた同年八月、九月を除外すると平均月額八九万二八三〇円だつたこと(原告本人によれば、原告は、痔瘻治療のため平成元年八月一六日から同年九月末まで勤務を休み他の歯科医に代診してもらつていたことが認められる)、これに対し本件事故のあつた同年一二月から平成二年二月までの給与は平均月額六六万〇八二五円であつたことが認められる。
したがつて、本件事故後原告の収入は事故前に比べ低額に推移しているということになる。
(三) 因果関係についての判断
(1) 右収入額の推移と本件事故との因果関係について、原告は、平成元年一二月から平成二年二月までの期間中は、患者数に変化はないものの、原告が前示頚部痛等で長時間治療を継続できず、その日に可能な治療のすべてを実施せず後日に治療を遷延したため一人当たりの治療時間が減少し、売上額が減少した旨供述し、甲五にもこれに副う記載がある。
たしかに前記頚部痛、肩痛の存在を考えると、これが原告のなすべき歯科治療になにほどかの影響を与え、程度はともかくこれを遷延させたこと自体は一応推認されうることである。
(2) しかしながら、そもそも特定の期間に歯科治療の遷延があり、当該期間中の売上額が減少したとしても、来院する患者数が減少しない限り、このような売上額の減少はこれに後続する期間における売上額の増加によつて補われる性質のものである(原告は患者数が減少しなかつたことを自認している)。したがつて、このような場合右後続する期間中に売上額の補填が可能な状況であつたか否かについても検討しなければならない。
本件では、<1>原告は本件事故の影響で治療が遷延したのは平成二年二月までである旨主張しており、前示の通院状況からも同年三月になつてからはその頚部痛、肩痛は相当低減しているとみられるが、一方原告は同年三月まで大久保歯科医院に勤務していたのであるから少なくとも同月一ヵ月間程度はほぼ正常な歯科治療ができたものと推認される。
そして、<2>原告は、前示のとおり痔瘻治療のため平成元年八月一六日から同年九月末まで勤務を休み他の歯科医に代診してもらつており、原告本人によれば、右代診期間中も本件と同様の治療の遷延があつたというのであるが、にもかかわらず、これに引き続く同年一〇月の収入は前示のとおり八〇万九八二五円と原告の主張する正常な収入に近い金額が確保されており、<3>また原告本人によれば、ごく一般的な大臼歯の治療(甲五記載の症例)は、正常な治療をすれば三ないし四週間で全治療行為が完了し、したがつて一ヶ月以上はかからないというのである。
そうすると、右<1>ないし<3>の事情からすれば、原告は、平成二年三月中にそれまでの治療の遷延による売上額の減少を充分補填できる状況にあつたと認めることができるし、現実にも前示のとおり同月の原告の給与は、八三万一三九一円に増加しているのである。
(3) そして、そのほかに、前示(一)のとおり本件頚部痛等が原告の歯科治療に与えた具体的影響の程度が曖昧であること、売上額の変動をもたらす要因としては、治療の遷延の有無以外に、治療内容の変動や保険内診療と保険外診療との比率の変化等があると考えられるところ、この点につき本件事故前後で格別の変動がないことを証するに足りるだけの証拠(歯科治療のカルテ等)が提出されないことを考え併せると、前示収入額の推移が本件事故に起因するとの原告の主張は採用することができないといわなければならない。
2 慰謝料(請求三〇万円) 二五万円
傷害の内容・程度、通院期間、傷害が原告の歯科治療の障害となつた状況等諸般の事情を考慮すれば、右金額が相当であると認められる。
3 弁護士費用(請求二〇万円) 五万円
事案の性質、認容額等に鑑みると、本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は右金額が相当であると認められる。
二 結論
以上によれば、原告の請求は、被告らに対し連帯して三〇万円及びこれに対する本件事故の日である平成元年一二月二一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 夏目明德)